近藤和廣(62回)

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             江東5区「広域避難計画」はどうなっているのか?

                                                環境委員会委員(62回)

                                                近藤和廣

1 東京東部低地帯に位置する私たち江東5区は、5人の区長が先頭に立ち、ずっと前から広域避難に取り組んできています。(平成28年8月「江東5区大規模水害避難等対応方針」。平成30年8月「江東5区大規模水害広域避難計画」。)

平成30年作成の江東5区共同のパンフレットは、江東5区に水害が発生したら5区のほとんどが水没するので、250万区民は「5区外に広域避難」しましょう、と呼びかけました。「ここにいてはダメです」といいました。しかし「5区外」に避難するとなると当然、国・東京都・他市町村との関係が生じます。

2 そこでこの問題は、内閣府・東京都・区市町村などが一体となって検討が進められ、昨年令和3年6月に「首都圏における大規模水害広域避難検討会報告書」(広域避難計画策定支援ガイドライン)がまとめられました。

検討会は、当初、下町5区など約255万人が避難することを考えていましたが、関東一円が被災した2019年の台風19号で広域避難が現実の課題として浮上したとき、鉄道各社は早い時点で計画運休を決定し、避難者の「足」の確保すらできないという状況に陥りました。このようなことから今回のガイドラインは、浸水の恐れが比較的小さい地域の人には自宅にとどまってもらう」という考え方を導入し、広域避難者の数を74万人に絞り込みました250万人の広域避難が74万人の広域避難になったわけですが、「実現可能性のある計画にした」ということでマスコミは肯定的でした。

「74万人の根拠」について検討会は、次ページの図表に示すような試算を行いました。

ア まず「全居室が浸水・氾濫流による家屋倒壊・浸水継続時間が3日以上」の3つの条件が重なる人以外の人浸水地域内であっても「屋内にとどまることも可能」としました。これが②の126万人です。

イ「住民自らが確保した避難先への避難」(親戚・知人・友人・ホテルなど)という範疇を推奨したことも重要です。これが③の1,2,3の154万人です。

ウ 行政が用意した浸水想定区域内避難先への避難(垂直避難)として⑤の23万人。

エ そして行政が用意した他の自治体への避難広域避難)として⑥の74万人。

という想定です。(次ページ「首都圏における広域水害広域避難検討会報告書(広域避難計画策定支援ガイドライン)」図表を参照。

なおこの検討会が作った試算は、あくまで避難行動別の人数規模を大まかに把握するための試算にすぎません。また「行政で確保する74万人分の広域避難先」については、今後令和4年度は〇〇万人分確保、令和5年度は〇〇万人分確保と積み上げ、令和〇年度に74万人分になることが想定されています。つまり、広域避難先は試算であるとともに、これから確保する場所で、確保にはまだ時間がかかるのです。

 

          首都圏における広域水害広域避難検討会報告書 (広域避難計画策定支援ガイドライン)

3 ガイドラインを踏まえた新しい水害ハザードマップが江東5区で作られています。

この3月に発行された墨田区の水害ハザードマップ冊子を読んでみました。

マイ・タイム・ライン」という表があって、そこに読者が次のような事項を書きこむことが求められています。

準備1 自宅の浸水想定をハザードマップで調べる。自宅は何階建てか(集合住宅の場合何階のフロアに住んでいるか)、何階まで浸水するか(洪水・高潮の場合)

準備2 浸水被害を調べる。洪水浸は水深何mか、浸水継続時間は何時間か

準備3 避難先を決める。広域避難先か、区内の水害時避難場所か、避難先への移動方法は何か(電車・バス・徒歩・自転車・車)

準備4 いつ?だれが?何をする。

行政のタイムスケジュールは、①水害が発生する3日前の共同検討開始、②3~1日前の自主的広域避難情報、③1日前の広域避難指示、④直前の域内垂直避難(緊急))の4つです。この時、だれが、何をするか、を書きます。

そうです。この「マイ・タイム・ライン」というのは、災害対策でもっとも威力を発揮する個人ごとの避難カルテなのです。そして各家庭の「マイ・タイム・ライン」を集計すれば、それが区全体の行動計画になります。最後になって、区が用意する避難先に収容できない規模の避難希望者が殺到するかもしれない、といったことも分かってきます。だから「マイ・タイム・ライン」は、事前に何回も策定され、検討され、調整されなければなりません。

冒頭に避難の基本方針を決めよう!というページがあります。これも重要です。

「はい、いいえ」の選択で進みますが、

 ①あなたは区外の浸水しない地域に親戚宅友人宅ホテル勤務先など避難先が確保できますか?(①縁故避難)

 ②あなたは浸水深より高い位置に居室があり、家屋が風雨に耐えられ、浸水継続時間分の食料品など十分な備えがありますか?(②在宅避難)

 ③あなたは区内に在宅避難ができる親戚宅友人宅勤務先など避難先が確保できますか?(③区内縁故避難)

という3つの選択で、すべて「いいえ」になると、

 ④水害時避難場所(洪水・高潮)へ避難 となっています。

「行政が確保した他の自治体への広域避難」については明らかではありません。区外のことで書きにくいのかもしれません。

いずれにしても、両国高校の中高生のみなさん! まず「ハザードマップ」を読んでみてください。そして自分と自分の家族の「マイ・タイム・ライン」(「避難カルテ」)を書いてみてください。そうするとまたいろいろと問題点が見えてきます。

4 さて今までお話してきた「江東5区広域避難計画」の話はどういう種類の問題なのでしょうか。毎年台風シーズンになると話題になる洪水・高潮対策の話です。重要だが夏の恒例行事のようなものでしょうか。実は最近になって少し事情が変わってきました。      地球温暖化の影響からか海水温度が上昇し大型台風や豪雨がより発生しやすくなり危険度がとても高まってきている恐れがあるというのです。

皆さんご存じのとおり産業革命後の人類の二酸化炭素の排出が「温室効果」により地球を温暖化させ気候変動を引き起こしているのではないかと言われてきました。

そして昨年開催されたCOP26グラスゴー会議で、ようやく、今世紀末の地球の気温上昇を1.5℃以下に抑えるため、2050年にカーボンニュートラルを実現しなければならない、ということになりました。パリ協定がようやく完成したといわれています。日本の管(すが)首相はすでに2050年カーボンニュートラルを宣言しました。

この2050年カーボンニュートラルというのは簡単なことではありません。産業革命以来ずっと活躍してきた化石燃料の石油、石炭、天然ガスを実質ゼロ(温室効果ガスの排出量を森林などの吸収量と同等にすること)にしてしまおうということです。再生可能エネルギーに転換しなければなりません。原子力発電もおそらくできなくなるでしょう。江守正多氏によれば、このようなことが行われるためには、産業革命や奴隷制廃止に匹敵する「大転換」が必要です。人工光合成や核融合や水素発電など最先端の技術開発が必要とされます。(なお最近管(かん)元首相は日本の全農地の上に太陽光パネルを設置すれば日本全体が必要とする電力以上の電力を賄えると言っています)

両国高校の中高生のみなさんにとっては、2050年はすぐにやってくる近未來であり、2100年も夢ではありません。江東5区広域避難計画という地味な問題ですが、日本の首都圏どうデザインするか、首都機能の移転はどうするか、など、「大転換」という枠組みで考えてほしいと思います。

5 そんな中にあって、最近(2021年2月)、「自然災害と大移住―前代未聞の防災プラン」(幻冬舎ルネッサンス新書)という驚くべき本が出版されたのでご紹介しましょう。

実はこの本の著者・児井(こい)正臣氏は1963年3月の両国高校卒業生、つまり皆さんの先輩です。児井氏は1952年(昭和27年)、小学校に入る前の6歳から28歳までの22年間、江戸川区の小岩に住んでいました。小中学生の頃は毎年のように床下浸水があったそうですが、もちろん下水道などがない、汲み取り式便所の時代です。カスリーン台風(1947年)のときは、他所に住んでいたそうですが、後に近隣の人から多くを聞かされました。台風が去った2~3日後の台風一過の好天のもと、北の方から道路や田畑に水が流れてきて、やがて床上まで浸水になったのだそうです。

さて児井氏が著書のなかで展開しているのは、災害対策の基本は「危ない所には住まない」こと、ということです。そして、東京ゼロメートル地帯と言われている墨田、江東、足立、葛飾、江戸川の5区の130万所帯260万人については、原則すべての人が移住してもらい、跡地を遊水地(湿原)にする、という提案です。住民の移住先はどこか、といえば、大量に発生して問題となっている東京都内や近郊県の空き家200万戸です。

児井氏は全国の空き家問題も注意深く見守ってきました。氏自身は現在、川崎市多摩区長尾に住んでいて、そこでは所帯数が1997年の678所帯から2015年には431所帯に減少したそうですが、これに対抗するため、氏自身も参加して7年がかりでコミュニテイバスを導入し、所帯数の減少を2020年に447所帯と食い止めることに成功したのだそうです。児井氏は41歳の時、全国の市町村を公共機関のみで訪問することにチャレンジし、あしかけ30年かけて70歳でこれを完了しました。そして、片や、洪水の大きな危険にさらされている低地に数百万人が住み、片や台地上や丘陵地に百万件を超える空き家がある。首都圏におけるこのミスマッチを何とか解消できないか。この問題意識をストレートに世に問うために本を出版しました。

このような児井氏の構想について、専門家なら問題点をあげればキリがないほど指摘できるかもしれません。児井構想は新たな官庁を設け30年かけて全区民の移住を完了し、その後江東5区は廃止するというもので、これは現在問題に真剣に取り組んでいる関係者には失望にだけにしか聞こえないかもしれません。

しかし2050年カーボンニュートラルに向けての日本の「大転換」に関心をいだき、さらにはその後2100年まで地球の温度上昇を1.5℃以下に抑えることができるか見届けようという関心を持ち続ける両国高校の中高生のみなさんには、新しい未来の枠組みのなかで「江東5区広域避難計画」についても考えてほしいものです。

付録) 児井構想ほど大がかりでなくても、なんとか児井氏の「空き家を活用」するというアイディアを活かす方法はないものでしょうか。たとえば、

 ①まずはじめに東京都には74万人の広域避難先を見つけなければならない義務があり。(細かい点ですが広域避難先の滞在期間は1~3日程度とされている。つまり水が引いたら直ぐに被災地に戻って復興に携わることが想定されている。)

 ②一方で東京都はたくさんの空き家問題を抱えている。部局は違うかもしれないが。

 ③東京都にあらかじめ「江東5区広域避難空き家ボランティアセンター」のような組織をつくっておく。ボランティアは江東5区民でも他の都民でもよい。

 ④空き家の持ち主のうち、江東5区の水害の時、広域避難先として自らの空き家を提供していいという人をあらかじめ募っておき、空き家カードを作っておく。この呼びかけは東京都に行ってもらうのがよい。

 ⑤ボランティアセンターは、事前に広域避難者と空き家のマッチングを行っておく。

 ⑥具体的には、空き家カードに、ア住所、イ間取り、ウ屋内写真 エ近隣情報などを記載。広域避難者予定者が事前にカードを閲覧し、希望空き家に応募する。希望者が重なる場合はくじ引きで当選者を決めておく。

 ⑦空き家の持ち主に、一時的に「親戚宅・友人宅・知人宅」になってもらおうというアイディア。

 ⑧ボランティアセンターの仕事は、原則として「鍵の引き渡し」のみ。滞在費用は無料。使用光熱水費は計算して所有者に支払う。避難者は近隣で食材を購入し、自ら調理する。事故発生の場合の保険の保険料は東京都が負担する、など。

           

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